広島の新井選手が現役引退。引退理由を考察してみた

どうも!

つっつーです!

本日2018年9月5日、広島カープの新井貴浩選手が現役引退を発表しました。

チームが3連覇を目指す中、なかなか衝撃的なニュースですね。

そこで、今回の記事では新井選手のこれまでの略歴と引退理由について考察してみました。

新井選手のこれまでの歩み

ドラフト前

新井選手は広島県広島市の出身で子供の頃から熱烈なカープファンでした。

そして1999年に駒澤大からドラフト6位で念願のカープに入団します。

この入団前、どうしてもカープに入りたかった新井選手は、

当時の主力メンバーで駒大の先輩でもある野村謙二郎選手の家を訪れ、

素振りをしてアピールしたといわれています。

当時は大学通算2本塁打で、全くの無名だったので、ドラフト候補にも挙がっていなかったといわれていましたので、功を奏したのではといわれています。

入団後

広島に入団後は1年目から1軍で活躍し、7本塁打を記録します。

2年目には1軍に定着し、16本塁打を記録して長打力をアピールします。

3年目にはレギュラーに定着して、18本塁打56打点の成績を残しました。

その後年々成績を上げていき、広島カープの4番としての地位を確立していきました。

大学通算2本塁打から、野村選手の推薦がなければドラフト指名はなかった可能性があったことを考えるとここまででもすごいサクセスストーリーですね。

FA宣言で阪神に移籍

2007年に突如FA宣言をして阪神タイガースに移籍を決断します。

この当時同じくFA宣言をした当時のエース、黒田博樹投手が話題となっており、

新井選手は残るであろうというのが大方の予想であったため、大変話題になりました。

この裏には尊敬する金本選手(現阪神監督)と一緒にプレーしたいという思いがありました。

カープも大好き、けど金本選手とも野球がしたい。

その葛藤に揺れて、最終的に阪神を選びました。

ただ、このときの会見で発した

「FAなんてなければよかった。カープが大好きなので辛いです。」

という言葉がカープファンの心を傷つけてしまい、炎上する騒ぎとなりました。

阪神移籍後

阪神に移籍後も変わらず成績を残し続けた新井選手。

憧れの金本選手とともに主力としてチームを引っ張りました。

レギュラーシーズンで成績も残しつつ、北京五輪の代表や日本プロ野球選手会の会長も務め、

球界の内外に活躍の場を広げました。

一方で併殺が多いことで知られ、2011年に打点王のタイトルを獲得した際には、金本選手から併殺王、失策王、打点王の三冠王だといじられ、Tシャツまで作成されました。

長らく阪神の4番や5番として活躍していましたが、

2014年、同じポジションで途中入団した助っ人マウロ・ゴメス選手にポジションを奪われ、控えに回ることが多くなりました。

そして2014年のシーズンオフに2億円から7000万への減額年俸を受け入れずに自ら阪神を退団を決断しました。

これは減額を受け入れなかったのではなく、減額で翌年も控えだということを受け入れられなかったためで、

本人はレギュラー争いを希望しての退団でした。

広島復帰

2014年オフ、阪神よりもさらに低い年棒2000万で、広島復帰を決断します。

この決断には本人も相当悩んだといわれています。

しかし、広島球団が必要としてくれたこと、そして何より2007年に広島をFA退団後、同じ2014年に復帰することになる黒田投手にも背中を押されて、広島復帰を決断しました。

当初の背番号は28でしたが、代打から結果を残していき、翌2016年からは愛着のある背番号25に返り咲きます。

そして、この2016年は黒田投手と投打の主力として活躍し、チームを25年ぶりのセリーグ制覇に導きました。

愛されるキャラクター

新井選手はファンや選手に愛されるいじられキャラとして大変話題になりました。

広島時代から金本選手に頻繁にいじられ、先に述べた三冠王Tシャツのくだりのように阪神時代も変わらず愛されていました。

金本選手からは遠征先の宿舎でピンポンダッシュを頻繁にされて困ったとも新井選手は語っています。

もちろん、他選手からも愛され、阪神時代、能見投手との練習では、能美投手のボールを頻繁に長打にしてしまうことから「味方殺し」といじられました。

広島に戻ってからは後輩たちからも愛され、菊池選手からは「たかくん」と呼ばれることもあるようです。

また、ファンからは新井選手が併殺になった際に、FA退団の言葉にかけて、「ツラゲ」といじられたり、

様々な取材記事の写真でコラ画像を作成されたりしています(笑)

新井選手が引退を決めた理由とは?

新井選手は黒田選手が引退する際にこんな言葉をもらっています。

「お前は綺麗に引退できると思うな。泥臭く動けなくなるまで現役で頑張れ。」

実際、新井選手は優勝した2016年以降もモチベーションを高く維持し、

最年長野手でありながら、打者のときは一塁へは常に全力疾走、走者のときはフルカウントから何度もスタートを切り、次の塁への意識を徹底して、背中で後輩たちを引っ張ってきました。

もちろんキャンプやシーズン中の練習も全く手を抜きません。

その姿が後輩選手に伝わり、リーグ連覇、そして今年も3連覇に向けた原動力になっていると思います。

しかしながら、今年は例年ほど成績が残せていません。

2018年9月4日時点で打率.222、4本塁打、20打点となっています。

一軍のベンチ入りメンバーは数が限られており、その枠を狙っている若手が毎年二軍で増えています。

新井選手自身、今の打率2割の自分がいることで伸び盛りの後輩の成長を妨げるのは不本意と感じたのではないでしょうか。

事実、球団からは慰留されたことを明かしたうえで、本人は会見で若手が力をつけている今、2年後3年後5年後のカープを考えたときに今年がいいじゃないかと考えるようになったと述べています。

まとめ

ファンとしては、成績以上に新井選手がベンチにいるだけで若手の見本になりますし、

打席に立てばチームや球場を盛り上げることができる、

まだまだできるし、現役を続けてほしいというのが本音になります。

しかし、チームの未来を考えて今年引退を決断するのも、

やっぱりチームのことを第一に考える新井さんらしいなと思いますね。

とりあえず今年リーグ3連覇はもちろん、黒田さんの引退年に果たせなかった、日本一を達成して、新井選手の花道にしてあげてほしいですね。

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